いつもより少しセピア色に見えた。
店内を見回すと、奥のテーブルには小さな子どもを連れた2人組の女性が座っていた。この2人の女性は友達なのだろうか。それとも兄弟なのだろうか。そんな考えた所で世界にとって一ミリたりも影響のないであろう妄想にふけっていると、床にコーヒー豆の入った麻袋が置いてあった。袋には2017.4.16と書いてある。入荷した日付なのだろう。コーヒー豆の入った麻袋は整理されているわけでもなく、無造作に重ねられていた。まるで郵便受けに入っていた、さしあたり読む必要のない地域の情報誌がとりあえず机の上に置いてあるみたいに。
そうこうしていると、頼んであったアイスコーヒーが来た。少し酸味があってその後に滑らかな苦味のあるそんな味だった。
奥からバターとソースの溶け合ったにおいがした。バターとソースが素材に絡まって炒まっていく心地のよい音が聞こえてくる。こちらからは調理の様子は見えないが、フライパンの上の音がだんだん変化していくのを聞いて、僕は読みかけの本を裏返しにした。
バターピラフが出てきた。黄色の玉子、ピンク色のハム、緑色のグリーンピース、オレンジ色のにんじんにきつね色のライス。その上には、バターとソースの絡み合う匂いの白い湯気が上がっていた。
一口頬張った。バターとソースとハムの塩味が絡まって何とも言えない美味しさだった。僕はこれまでバターピラフなるものを食べたことはない。正確に言うと食べたかも知れないが、それがバターピラフだと認識して食べたことはなかった。それでも今まで食べたことのないくらい美味しいバターピラフだと思った。
読みかけの本がそのまま裏返しになったまま、僕の前のバターピラフはだんだんと小さくなっていった。
食べ終わると会計を済ませた。僕はお店のおばあちゃんに「美味しかったです。」と一言告げた。おばあちゃんはありがとうね、とにっこり笑った。その笑顔がとても自然だった。
お店を出た僕はとても幸せな気持ちだった。なぜだろうかと考えた。バターピラフが美味しかったからか。おばあちゃんの笑顔が自然だったからか。そのどれも僕の気持ちの要因として、適切なようで適切でない気がした。
僕は5歳か6歳か小学校低学年の時に、父に連れられていった地元の喫茶店を思い出していたのだと思う。その時食べたのはバターピラフではない。オムライスだ。僕はその喫茶店のたっぷりケチャップのかかったオムライスが好きだった。ううん、毎週日曜日にお父さんと喫茶店が行くことが好きだった。仕事が休みのお父さんと週に一度、朝から遊ぶことが好きだった。
僕がバターピラフを食べて思い出したのは小さい頃のそんな幸せな思い出だったのかも知れない。
「着いたよ〜」
大切な人からのメッセージが届いた。大切な人との待ち合わせまでの間、喫茶店で過ごしたほんの少しの幸せと、少しノスタルジックな気持ちを胸にいだきながら、僕は待ち合わせ場所まで車を走らせた。街の景色はいつもより少しセピア色に見えた。
バターピラフ
店内に入ると、昔懐かしいにおいがした。一度も来たことのない場所なのに、どこか懐かしい気分になるのは、何なんだろうといつも思う。ノスタルジーなどという表現もあるけれど、この感覚がたまらなく好きだ。
座るのに適当な場所を探した。コーヒーを飲みながら軽く読書をしたい僕に、ちょうどよい窓際の1人掛けの席があったので、そこに腰掛けた。目の前の席にはスーツを身に纏った4人組のサラリーマンが談笑している。お昼休みだろうか。テーブルには食べ掛けのナポリタンや、カレーライスが置かれていた。いつもお昼休みになると、決まってこの席に来るのだろうか。この場所はサラリーマンにとって、やっと見つけた隠れ家なのだろうかなどと物思いにふけていると、グーグルマップでやって来た僕は何故だか申し訳ない気分になった。
僕はアイスコーヒーとバターピラフを頼んだ。お店の定番メニューはナポリタンとメニューに書いてあったが、最後から2ページ目に載ってあったバターピラフが妙に気になった。
注文を終えると、僕は店内をもう一度見回した。
〈次に続く。。〉
僕は今まで景色なんか見ていなかったのかも知れない。
次の予定まで少し時間が空いたので、近くの喫茶店に行ってみることにした。
グーグルマップで「喫茶店」と検索をしてみた。最近のグーグルマップはキーワードを検索すると,レビュー順や距離順で瞬時におすすめを教えてくれる。本当に優秀な秘書といった感じである。ひと昔前なら地元の人の間でしか知られていなかったいわゆる「隠れ家」にも簡単に行くことができる。ある程度親密な関係の間でなされるここだけの話,耳寄りな情報があっけなく手に入ってしまう。
僕は新規開拓をしたかったので、馴染みのあるチェーン店ではなく,行ったことのない喫茶店を選んだ。グーグルマップはここから車で5分と示した。行ってみようか。目的地に向かう運転席から見えるいつも景色がなぜだが違って新鮮に見える。いつも通る道のはずなのに,まるで違う。それは幼稚園かあるいは小学校低学年の頃の遠足で,誰もが胸をときめかせて向かった初めて行く少し遠くの公園に行く途中のように,何もかもが新鮮だった。僕は今まで景色なんか見ていなかったのかも知れない。
外から見ると営業しているのかどうなのか分からないほど、ひっそりしている。まるで、飼育園でひっそりと暮らすカメのように。
中に入ると,確か5,6歳の頃,父に連れられてよく行った喫茶店の匂いがした。
〈次に続く。。〉
イメージ力で大事だよな〜
皆さん久しぶりですね〜!!
元気ですかー?僕は元気です!!😄
更新すいません!サボってました(笑)
実はというか、バンクーバーに一時入国したのですが、カナダのワーホリは一旦中断!!特に深い理由はないです!!笑
ワーホリって、あれですねー!どちらかに突き抜けてた方がうまく行く気がします。
前回のオーストラリアはそうだったので、
つまり、究極にどうにでもなれ!どうでもいい精神で行くか、絶対にこうしたい!これをやるんだ!と決めていくかどっちかだと言うことです。
オーストラリアでの目標は「貯めたお金で現地の寝袋ツアで、エアーズロックを見に行く!! 」でした!
こんな目標でいいんです。なんでもいいんです。でもその目標が明確で自分の頭の中に映像としてイメージできれば、たぶんうまくいきます。
自分はエアーズロックに行く前から、エアーズロックに行った自分を強くイメージできました。だから、それ以外は何も怖くなかった。
今回のカナダは🇨🇦いわば、そういう絶対にこれがしたい!がなかった気がします。
後になって思えばアホみたいな話ですが、僕の行動の基準はイメージできるかどうかがかなり重要なので、潔く(笑)一時帰国しました!!
今は箱根にいます。リゾバ2件目です!すごくいい旅館ですよ〜!!特集を組みたいくらい!笑
今回のテーマは
「イメージできるかどうか 」でしたー!
みなさんももし何かしようと思って迷った時は、それをしている自分を強くイメージできるかを一つの基準で考えてもいいかもですねー!
それではまた更新しまーす!(´ω`)
海外旅行行きたい!旅がしたい!まず何をすればいいの?
みなさん!こんにちは!こんばんは!
さて、今回のテーマは
「海外行きたいー!でも何をすればいいのー? 」です。
みなさんは海外旅行に対してどんなイメージがありますか?
1.高い
2.長期の休みが必要
3.言葉の壁がこわい
こういうイメージを持っている人も多いと思います!でも、それらは全て
イメージです!!
イメージってほんとは結構やっかいなもので、私たちの思考の大部分は実はイメージによって支配されています。
私の持っている何かしらのイメージは企業の広告や、テレビ、教育といったあらゆる媒体から影響を受けています。
海外旅行ってこの時代、もうそんな大それたものでありません!!
簡単に行けます!!
必要なものは
1.パスポート
2.航空券
これだけです!!ほんとです笑笑
パスポートの取得方法についてはまた記事を書こうと思いますが、
まだ持ってない人はとりあえず市役所に電話してみて下さい。取り方を教えてくれます。簡単です!!
取得には申請してから2.3週間かかるので、海外に行く予定から逆算してパスポートの申請は早めにしましょうね!!
というか、この記事を読んでまだパスポート持ってない人はもう取っちゃいましょうよ!!笑
持っていて損することはないですから!
そして航空券の取得方法ですが、
もちろん旅行代理店に問い合わせるのも方法です。
でも少しワクワクするような旅がしたいのなら、自分でとってみましょう!簡単です!
僕がよく使うアプリは
スカイスキャナーです
このアプリでは、出発地と目的地と日付を入力すれば、各社航空券の一覧リストをすぐに見ることができます。最安値も確認できるので、一番安い価格で航空券を入手できます。
購入の決済は主にクレジットカードですが、クリック一つで簡単に購入できるので、思い立ったらすぐに、航空券を入手することができます。
実際に僕もこのアプリを使って、思い立ったら航空券を購入します。
航空券さえ、手に入れてしまえば、行かざるを得ない状況になります。笑
この行かざるを得ない状況を意図的に作ることが、海外旅行に行く時は特に大切です。
念密に予定を立てないと、、とか、もっとお金に余裕ができてから、、とか言ってると
結局
行かない理由をさがしてしまいます。
僕は、行きたいと思った瞬間に、まず
航空券を取ります。
それに合わせて、
あー仕事終わらせないといけないなー
お金が◯◯くらい必要だなー
と行く準備に取り掛かります。笑
行きたい→行けるように都合を調整する→航空券を取る
ではなく、
行きたい→航空券を取る→行けるように都合を調整する
の順番にするのです!!
これは海外旅行だけではなく、何かやりたいことがあって、迷う時は、そういう風にしています。
みなさんも行きたいと思った瞬間に
一度航空券を取ってみてはいかがですか?笑
それでは、ワクワクの1日を!!
評価は他人がするものなの?
みなさん、こんにちは、こんばんは(^^)
さて、今日は自己啓発系のテーマです。
「評価は他人がするもの 」
よく、言いますよね!
昔学校なんかで、このセリフ先生に言われた覚えがあります。
「評価は自分がするものじゃない、他人がするもの。だから頑張りなさい、努力しなさい 」みたいな。
世間一般的にはこの考え方が常識かもしれませんね。周りの大人たちはよくこういう風に言ってくるかもしれません。だから、コツコツとがんばりなさいと。
しかし、その考えが行き着く先は、「周りの目を気にして、思い切ったことができなかったり、他人に迷惑をかけないように、他人に評価されるように行動したりする 」 といった、自分よりも他人の意見や考えを優先する思考なのです。
この考え方が悪いとは思いません。ただ時代は確実に変わりつつあります。
他人に評価させるように行動する価値観から
自分はどう考えるのか、何をしたいのかという価値観に移行しつつあるのです。
つまり、評価って自分がしていいんです。
おれって凄いじゃん〜!私にもこんな能力あるんだ〜!
俺のだめなことはここだなー、でもそれって俺らしさだよなー!
そんな感じでいいと思うんです。みんながそういう風に考えることのできる社会の方が、他人の目や評価ばかりを気にして、やりたいことができない社会より、よっぽど健全で建設的だと思いませんか??
自分を認めることができる、自分を正当に評価してあげることができて、はじめて、相手を正当に評価できると僕は思います。
俺のこういう所ってすごいよな〜!あいつのああいう所も素敵だよな〜!
こっちの方が好循環じゃないですか〜??
僕がこのブログで自分の意見を発信するのも、そういう信念からです。だから、他の人の意見もちゃんと聞こうと思えます。
俺にも意見があるように、あいつにも意見があるよなー!そういう感覚です。
みなさんも自分を正当に評価してあげましょう!!
それでは、みなさんワクワクの一日を〜!
閲覧注意!やや過激です。もし高性能同時翻訳機が発明されたら、、
みなさん、こんにちは!!
私は元々英語教員志望です。たまには、というか、完全なる持論の教育論を書きましょう。
今日のテーマは「高性能同時翻訳機が発明されたら他言語を学習する必要はなくなるのか 」です!
僕の持論から言いましょう。なくなりません。「 えー!ドラえもんの翻訳こんにゃくみたいな道具があればもう英語勉強しなくてもいいじゃん!」と思う人は外国語学習の本質が分かってないのです。。
いや、というより、それはみなさんの責任ではありません。全国に何万といる英語教師ですら、その本質を理解していないと思っています。だから、単なる表面的な技術面のみの教授や、中学校、高校、はたまた大学と長年英語学習をしてきたにも関わらず、英語がよく分からないという現象が起こるのです。
僕は外国語学習の本質とは、「多様性の理解」だと思っています。たようせいのりかい??要は、この地球には色々な人種があり、色々な文化があるということです。
つまり英語教育の本質は英語が話せるようになることでも難しい長文が読めるようになることでもないということです!!
ゴールはもっとその先、いや、もっと単純なのです。
「英語って日本語とは違う言葉なんだな。僕たち、私たちとは違う言葉を話す人がこの世界にはいるんだな 」と気づき、異なるものや世界に興味、関心を持ち、理解しようとする態度が一番大切なのです。
考えてみて下さい。同じ日本人でも地域によって私たちの言葉には方言がありますね。私の出身地は広島ですが、語尾が「じゃけー 」や「じゃろ 」となります。このような話し方をする人に東京で出会ったとしましょう。すると「広島出身ですか? 」と思わず聞きたくなります。
福岡の人は語尾が「やろー 」や「ったいね」みたいになりますよね。関西弁を聞くと、なんだか漫才を聞いているように聞こえますね。(関西の人はよく否定しますが、、)
相手が使う言葉を聞くと、なんだか育ちや街の文化までもが伝わってくるような気がしますよね。そう!言葉は生身の人間が使うものです。言葉は、文化や生活環境、考え方、などなど、人間を人間たらしめる要素と切っても切れない関係なのです。。
もう分かりますね。そう!英語や外国語を学習する一番の意義は、「相手との違いを理解する 」ことなのです。
たとえ翻訳こんにゃくが本当に発明されたとしても、私たちは違う文化や国の言葉を学習し続ける義務があると思っています。
僕は英語が好きです。というより英語という外国語に初めて出会った時、(幼稚園の時に親の影響でマイケルジャクソンの歌を聞いたのがたぶん英語との出会い)なんとなく、よく分かんないけども、日本語ではないなー、あー色んな言葉があるんだな、知りたいなー、かっこいいな、と子どもながらに思った記憶があります。あれが僕の英語好きの原体験だったのだなーと今思っています。
それでいいんです。はじめはまず、興味をもつことなのです。洋楽でも洋画でも、なんでもいい、単純に異なるものに興味をもつことが外国語学習のスタートであり、ゴールなのです。
違いや間違いを楽しむ、これこれが外国語教育の存在意義です。相手との違いや間違いを楽しめないから、違う相手を傷つけ、疎外し、いじめや無視に発展しまうのです。
僕は外国語教育はいじめの防止につながるとさえ思っています。
これから英語の勉強方法をシェアしていく上でまずは英語を勉強する意義について、大切なことを今日は書いてみました。あくまで僕の考えです。でも僕はそう思っています。
それでは、みなさんワクワクの1日を!!